『悲しい秘密』(9)


【九、私は私】


「どうした?」

面倒見のいい後之進が、私の変化に気付いたのか声をかける。

「泣いてるじゃないか。何があったんだ?良ければ、話してくれないか?」

いつもはのほほんと構えているはずの伊乃吉も、心配そうに覗き込む。

「僕も後兄も、尚ちゃんの味方だからさ。何かあったなら、相談に乗るよ」

これは、どうやら私の誤魔化すのが苦手な性格が裏目に出てしまったらしい。

けれど、ここで『あのこと』を二人に話すわけにはいかない。

自分でも信じられないような話を、言っても信じてはもらえないだろうし、第一、二人に余計な心配をかけたくはなかった。

「何でもないわよ。ただ、ちょっと感傷に浸っていただけで…」

それは、あながち嘘ではない。けれど、後之進はそれも鋭く見抜いた。

「本当か?なんか無理してないか?」

「ほ、本当よ。無理なんてしてないってば!」

「ならいいけど……。もし辛くなったら、いつでも言えよ?」

その言葉が嬉しくて、思わず涙が出る。でもごめん、今は言えないんだ。

「ありがとう、後兄…」

そう言うと、後之進は手間のかかる妹を宥めるように、ぽんぽんっと優しく頭を撫でた。

「それじゃあ、今日と明日はゆっくりしていけよ。おばさんによろしくな」

くるりと向きを変えて去っていく後之進のあとを、伊乃吉が追う。

二人の後ろ姿を見送りながら、そのたくましくなった背中に時を感じた。

――明日、城に戻ってしまえば、次会えるのは一体いつになるのだろう?

そう考えたら、居ても立ってもいられなくて、私は咄嗟に叫んでいた。

「待ってっ!」

「え…?」

二人が振り向いて、何事かと駆け寄って来た。私はごくりと唾を飲み、覚悟を決めて話しだした。

「余計な心配かけたくなかったから言わないでおこうと思ったけど、私、やっぱり二人に聞いてほしい」

こんなことを思うのは、わがままなのかもしれない。

でも、今まで隠しごとのなかった私達の関係に、秘密なんてものをを持ち込みたくなかった。

一方的な言葉をぶつけたあとで、母に会うのが気まずかったというのもある。

だからこそ相談に乗ってほしかったというのもある。けれど、二人は呆れもせずに聞いてくれた。

「そうか……。お尚も、いきなり聞かされてびっくりしたんだね」

「そうよ。だから、今も母の話が信じられなくて…」

二人の前では堪えていたはずの涙が、抑えきれずに止め処なく流れる。

「うん。僕は尚ちゃんの立場には立てないけれど、気持ちは分かるよ。いきなり、母親だと思ってきた人が母親じゃなかった…なんて言われたら、そりゃ驚くのも無理ないよ」

二人の優しさが、心にしみる。二人は励まし方こそ違ったけれど、やっぱり優しかった。

「ご…めんね…。私、やっぱり心配かけたよね…?」

そんなことを言ったら、今度は後之進に怒られた。

「バカモン。そんなの当たり前だろう?私達は、幼い頃からずっと励まし合い助け合ってきた仲間なんだから」

彼の言葉は、厳しくもあったかい。

「たとえ君がどんな生まれだったとしても、君は君――お尚はお尚だ。それはずっと変わらないさ」

伊乃吉も言う。

「尚ちゃんが誰の娘だったとしても、僕達はずっと君の味方だからね」

その言葉で、ようやく気付いた。一番大事なことに。

そう……私が商家の娘でも、遊女の娘でも、私は私だということに。

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