『悲しい秘密』(8)
【八、おさななじみ。】
「あ…」
驚きと感動で、声にもならない呟きがもれる。そう…忘れるはずがない。
彼らは、私が小さい頃、毎日のように一緒に遊んでいた幼馴染なのだから…。
「久しぶりだな。でも、元気そうで安心したよ」
そう言うのは、私を含めた幼馴染3人の中で、最も年長で物知りな、『後兄(こうにぃ)』こと後之進(こうのしん)。
「しばらく見なかったけれど、どこに行っていたんだい?」
そう訊くのは、後之進より若く私より年長の、穏やかな性格をした『伊兄(いいにぃ)』こと伊乃吉(いのきち)だ。
後之進も伊乃吉も、勉強熱心なせいか、小さい頃から眼鏡をかけている。
思わぬ人物に会えた喜びに、私の涙はいつのまにか枯れていた。
「ちょっとね。用事で家を離れていたの。でも、今日と明日の二日間だけ、暇ができたからこうして家に帰ってきてたのよ」
「そうか。おばさんも喜んだだろう」
二人は、長い間、私が母と二人暮らしだということを知っている。
それゆえに、さっきの喧嘩の話をするのは気が引けた。
「二人はどう?最近はゆっくりお茶する機会も減っちゃったけど、今、何してるの?」
私の問いに、後之進は剣術を取得してお侍になったのだと言った。
今は、近くの武家屋敷に住むご当主様に仕えているらしい。
「すごいのね。それじゃあ……伊兄は?」
続けてそう訊くと、伊乃吉はやや照れくさそうにうつむいた。そんな彼が、途端にいじらしく見える。
「何よぉ!教えてくれたっていいでしょ~?私達、友達なんだから!!」
私がからかうように頬を膨らせると、後之進が珍しく大声を上げて笑い出した。
「ちょっと~。後兄まで、どうして笑うのよ!?私、今おかしなこと言ったっけ?」
「ははは…ごめん…。お尚は、相変わらずだなと思ってね」
「何よ、それぇ…。それって褒めてるの?」
悪気がないのは分かるが、どうも不服である。
「そこが君のいいところだと、私は思うよ。なあ……伊乃吉?」
同意を求められて、伊乃吉も笑いだす。
「はは…。そうだね。尚ちゃんは昔から、明るいところだけがとりえだったからなぁ…」
「“だけ”とは何よ、“だけ”とは!!」
まさか、あの伊乃吉に毒舌を吐かれるとは思わなかった。
「それより、どうして伊兄のこと教えてくれないの?何か隠してるでしょ?」
「ごめんごめん。ほら、伊乃吉。今更隠すことでもないだろ?話しておやりよ」
「そうだな…」
そう言って、伊乃吉は重い口を開けた。
「実は……僕、かの斎(いつき)先生のところで、版摺りの職人(版画を摺る人…つまり版木で印刷する職人)として雇われたんだよ」
「斎っ!!――って、誰?」
分からずも勢いよく答えた私の返事に、二人揃って大げさにズッコケる。
「まったく…。凄く反応していた割に、その名を知らなかったとは…。何と言うか、君は本当変わってないな…」
溜息をつく後之進をよそに、伊乃吉が優しく説明してくれた。
「ここいらじゃかなり有名な版摺り職人さ。そりゃもう凄腕の人でね……って、こんな話、女の子は興味ないかな?」
「ごめんなさい、興味ないかも…」
「まあいいさ。とにかく、晴れて僕がその有名版摺り職人のお弟子さんになったってことが伝われば」
『興味ない』とバッサリ切り捨てたのに、あっさりと許してくれた。私は伊乃吉の寛容な性格に感謝した。
「後兄も、伊兄も、ほんと、元気そうでよかった…」
何故そんな言葉が私の口をついて出たのか分からない。
けど、久しぶりに会って微笑んでいる二人を見ていたら、思わずそう発していた。
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