『笑わぬ姫君』(13)

 その日からというもの、花ノ介様と鉢合わせになるのを避けているのか、姫様はお忍びの城下訪問さえ拒むようになりました。

「お里ちゃんがとびきりの美しい着物を揃えて待っているわよ」と言っても、「最近人気の甘味処があるから、ぜひ行きましょう」と誘っても、彼女は首を振るままです。なんだか、振り出しに戻ってしまった気分でした。

 そこで私達二人は、奥方様から、久しぶりに二日間だけ実家に帰ることを許されたのです。

 正直、気乗りはしませんでした。なんだか、私達には力不足だということを遠回しに言われているみたいで…。

 でも奥方様は、その思考すら見抜いていました。

「馬鹿ね。どうせ私が、貴方達は力不足だからもう来なくてよろしいと考えているとでも思っているんでしょう?それは違うわよ。最近またあの子に笑顔が減ったのは、貴方達の力量が及んでいないからではないわ。第一、貴方達は一度あの子を笑わせているじゃない。少し前のあの子は楽しそうだった……あの子のあんな顔を見たの、何年ぶりかしら…」

 奥方様は一瞬遠い目をしたようだが、すぐにいつもの無表情に戻って言った。

「というわけでね、貴方達は疲れているようだから、一旦実家にでも帰ってゆっくり休みなさいと言いたいのよ」

 まだどこか納得いかなかったが、気分を休めるのも一つの手だろうと仕方なしに荷物を詰めた。

 久しぶりにおじいさまやおばあさまの顔を見たら、何か思いつくかもしれない――。


「ただいま…」


 沈んだ私をまず迎えたのは、母でした。

 父と母は仕事の都合で普段は家を空けることが多いのですが、時々こうして実家に帰ってくるのです。(ちなみにここは母の実家で、父は婿養子です)

「あれ、清、どおしたのお?おじいちゃんから、清は出かけてるって聞いたけどお…」

 若者風のアクセントで、母はおちゃめに言う。

「今日と明日の二日だけ、お休みをもらって帰ってきたのよ。お母さんこそ、帰ってきてたのね」

「うん、まあねえ」

 “でもお父さんは一緒じゃないのよ、ごめんねえ” と言いながら、母は家の中へ促した。

「いやあ。柴(母の名前で、そのまま “しば” と読みます)も清も帰ってきて、今日はまた賑やかだねえ」

 夕食の席でごはんを口に含みながら、おじいさまが言う。

 私もここ数ヶ月は家を空けていたし、母も滅多に帰ってこないから、こうしてみんなで食卓を囲むのも久しぶりだ。これで父がいればもっといいのだけれど。

 するとふいに、おじいさまがこんなことを言い出した。

「城の人達とはどうですか。仲良くやっているかい」

「大丈夫よ」とっさにそう答えるも、即座に愛想笑いと見抜かれてしまいました。

「苦しいなら、無理をせず帰って来たっていいんだよ」

 清の家はここなんだから、と彼は目を細める。

「そうよお。おじいちゃん手伝ってあげてえ」

 母も、また祖母もそう言っていたけれど、私はまだ帰るわけにはいきませんでした。姫様や、花ノ介様のことが気にかかっていたから――。

 そして翌朝、城に戻る前にお尚がいる店へ寄りました。

 彼女と母親であるお照(こないだ、お里ちゃんの店へ行った帰りに会った女性です)とは、3年ほど前に父親が仕事の関係で家を空けることになって以来、ずっと母一人娘一人で暮らしてきたらしく、お照は城でふたたび行き詰った娘を心配していました。

「もう、大丈夫だって言ったじゃない。お母さんたら、まったく心配性なんだから」

「そうですわ。娘さんは強い方ですし、それに私もいますから」

 そう言って、私達二人は互いの両親たちに心配をかけぬべく、再び意気込むのでした。

 お尚は「私が強いってどういう意味よ?」などと不服そうな顔をしていたけれど……。

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