『笑わぬ姫君』(12)

 その夜、二人並べた布団に潜りながら、 私はお尚に言った。

「ねえ、姫様のことだけど……」

 ですがお尚は目を開けていたにも関わらず、心ここにあらずといった表情。

「どうしたの?」

「えっ……ああ、なに?」

 私の言葉で、彼女はようやく我に返った様子でこちらに顔を向ける。

「何じゃないわ……まさか、花ノ介様のこと?」

 とたんに、お尚は顔を赤くした。どうやら、当たっているらしい。

「…やっぱりそうなのね。それで、どうするつもりなの?」

「え、どうって…なにも…」

 彼女は視線を逸らす。けど、今はそんなことに構っている暇はない。私はさりげなく話を本題へ向けた。

「ふうん……まあいいわ。ところでね、姫様のことだけど…」

「なにが?」

 お尚の方も姫様のことになんて構っている暇はない…という様子で、とぼけたように訊き返した。

 思わず溜息が漏れる。

「…やっぱりいいわ」

 あきらめて、話題をかえることにした。姫様のことは仕方がない、また今度改めて話すとしよう。

「そういえばあなた、最近、私と同室でも文句言わないわね」

「ああ、そうね。でも、あのときはまだあなたのことすら知らなかったから」

 そう言ってお尚は笑う。考えてみれば、私もそうだ。

 初めて会った時の彼女は、恥を知らないドジ娘だった。けど今の彼女は、それだけじゃない。いくら自分が笑われようとも頑張ろうとする、無邪気さと健気さを感じる。

「……あなたを初めて見た時、とても美人だと思ったわ。それはもう、この上ないくらいのね。その大きな瞳と長い髪には共通したところがあるのに、こうも印象が違うのかって、ちょっと悔しかった」

「そんな風に思ってたの?」

 思わぬ言葉に、私は飛び起きた。お尚がそんな風に感じていたなんて、初耳だった。

「ええ。でも今は、クールな見かけによらず、熱いところもあるんだなって思った。それとどこか、あの姫様に似てるわ」

「姫様に?私が?」

「ええ、なんとなくだけど」

 なんだか嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになった。お尚とも、初めて会ったときよりずっと仲良くなっている気がする。

「私の中でも、あなたの印象は随分よくなってるわ。最初は恥知らずのドジ娘だと思ってた。けど、そうじゃない。恥を知らないんじゃなくて、自分が笑われたって誰かに笑顔になってほしいから、体を張って頑張ってるのよね。その無邪気さと健気さ、素敵だと思うわ」

 ゆっくりと一字一字発音するように、私も胸の内を告げた。だが、お尚は不服そうに言う。

「…それ、褒めてるの?なんか若干、貶(けな)されてる気もするけど」

 起き上がって私と目線を合わせ、口を尖らせるお尚が、なぜだか微笑ましく思える。

「いやだわ、ほめてるのよ。まったく、素直じゃないのね」

「…素直じゃないのは、あのお姫様でしょ。私は違うわ」

 私は、そんな彼女を見て思わずほくそ笑んだ。ふとお尚が言う。

「あ、そういえばね……普通、女中たちはみんな一緒の大部屋らしいの。思えば私達、随分と贔屓してもらってたのね。それなのに私ったら…」

「そうね。一時でも、お紀さんにあんなこと言ってしまった自分が恥ずかしいわ」

 二人は笑いあい、やがて深い眠りについたのでした。


 翌日。城内が騒がしいのに気づいて、私は飛び起きた。

 慌てて着替えて他の女中たちのもとへ行くと、彼女たちの一人が教えてくれました。なんでも、花ノ介様が尋ねにいらして、城門前で足止めを食らっているとか――。

「え?花ノ介さんが?」

 私同じく、慌てて飛び起きてきたお尚が言います。慌てん坊の彼女のこと、まだ完全に寝ぐせが直っていないけれど…。

「姫様はどう思ってらっしゃるのかしら。殿様や奥方様は…?仮にも、自分の息子だというのに、まさかこのまま跳ね返したりはしないわよね」

 姫様は現れない、花ノ介様は帰らない……この状態のまま、延々と時間は過ぎてゆきました。

「どうしたらいいのかしら」

 困り果てたところに背後から気配を感じ、ふと目をやると、そこには同じく困り果てた様子の奥方様がいらっしゃいました。

「ふう、あの子にも困ったものだわ」

「どういうことですか?」

 私の問いに彼女は何も言いませんでしたが、あとから女中仲間に聞いたところによれば、殿様も奥方様も、女の子であり下の子でもある藤姫様の方を溺愛されており、それゆえ、海之進様にいじわるをするからと姫様が嫌う(無論、女中たちはその事実を知っている様子はありませんでしたが)花ノ介様は、実の子でありながら、邪神のように扱われているらしいのです。

 もしそれが事実ならば、愛娘である姫様のために、奥方様が勘だけで私達を選んだのにも少し納得がいく気がします。

 いつしか守ノ局様がおっしゃっていた言葉――「花ノ介様も藤姫様も、寂しさを抱えていらっしゃる」。

 私には、花ノ介様には兄であるだけに、妹である姫様以上の寂しさを抱えているような気がしてなりませんでした。

 なかなか帰らない花ノ介様に、姫様は遥か上の階――自室の前の廊下、彼女がよく月を眺めているあの窓から、ようやく顔を出したかと思うと、冷たい視線を投げつけこう吐き捨てました。

「あなたは私と私の大切な人を傷つけたの。あなたなんて、兄でもなんでもないわ。早く帰らないと、お父様とお母様にいいつけるわよ。分かったら早くここから去りなさい。そして二度と私の目の前に現れないで」

 俯いて唇をかみしめている彼に、私は走り寄って言いました。

「大丈夫です。彼女はあなたの妹なんですもの、きっと分かってくださいます」

 けど花ノ介様は最後まで聞かずに、その場を走り去ってしまわれました。

 藤姫様と花ノ介様、そして殿様と奥方様。西ノ森城の城主一族が、分かり合える日は来るのでしょうか。

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