『笑わぬ姫君』(11)

 その後日、私はふたたび守ノ局様のもとへ来ていました。

 あの日は突き返されたけれど、こうなってしまっては聞かないわけにはいかない。藤姫様と、花ノ介様――実の兄妹であるはずのお二人の間に、いったい何があったのか…。

「たしかに知っています。あなたが知りたいことも、中にはあるかもしれません。ですが、これは姫様のプライバシーにも関わることですから……。意地悪く思われるでしょうけども、私には彼女を守る義務がありますのでね」

 やはり、彼女は中々口を割ろうとはしなかった。けれど、私だってあきらめはしない。

 しばらく粘っていると、とうとう守ノ局様は言いました。

「……そうですね。私から聞いたことを、決して誰にも言わないと約束できますか?」

 やったわ――嬉しさを噛みしめながら、私は頷く。

「藤姫様はもちろんのこと、奥方様にも、花ノ介様にも言ってはなりませんよ。それから女中たちにも……」

「分かっていますわ」

「では話します。いいですか、約束ですよ。もしも約束を破ろうものなら……」

 念に念を押して、彼女は話しました。姫様と、花ノ介様、それから海之進様のことを。


 あれは、姫様がまだ四、五歳ほどの頃。

 彼女と10歳ほど年上の兄、花ノ介様はいつも庭で仲良く遊んでいました。それはそれは、仲が良すぎるほどの兄妹でしたよ――当時はね。

 けど、ひと月ほど経ったある日、殿様のもとへきたお客様がいたのです。

 そのお子様が、海之進様でした。年は姫様より少し上で、花ノ介様より少し若かったと思います。彼の父親は、自分が殿様と話している間、年の近いあの兄妹と遊んでもらうよういいました。

 もちろん優しいお二人は承知しましたが、それ以降、姫様はあんなに仲の良かった花ノ介様とはあまり遊ばなくなり、時々やってくる海之進様とばかり遊ぶようになったのです。

 毎日彼がやってくるのをそれはそれは楽しみに待ち、悪く言えば、それ以外にはまったく興味を示さなくなったとこいえましょう。

 そして、それをおもしろく思わなかった花ノ介様は、次第に姫様にいじわるをするようになりました。いえ、私からすれば、それも可愛らしいものなのですがね。

 それからというもの、姫様は、いつも私を呼んでこう云いつけました。

「聞いてよ、うばや。兄様ったらひどいのよ。わたしと海之進様に、いつもいじわるをするの。海之進様は、平気だとおっしゃるけど……わたし、見ていられなくて……」

「大丈夫ですわ、姫様。奥方様がきっと何とかして下さいます」

 私はそう言って幼い彼女を宥めました。私にできるのはこれくらいしかありませんでしたから。

 それに、焦りは禁物。花ノ介様のことですから本気で嫌がらせをしているとも思えませんでしたし、しばらく様子を見ることにしていたのです。

 そして姫様が10歳の誕生日を迎えられた頃、お節様からの言いつけで、お二人は遠くの国へと送りつけられたのです。

 表向きには、“姫様は思春期に入られたから、家族以外の異性との関わりをあまり持つものじゃない” などとされておりますが、おそらく、私があのことに関して何も言わないのに対して、姫様がお節様や母上様(奥方様)にお告げになったのでしょう。

 花ノ介様を送ったのは奥方様がご自身で姫様を守ろうとお思いになったからと考えられますが、それと一緒に海之進様もお送りになったのは、おそらく姫様が彼に依存してしまう恐れがあったからではないでしょうか。


「私が知っているのはここまでですわ」

 守ノ局様はそう言って、今一度念を押した。誰にも漏らさないと誓い、私は考える。

 たしかに、姫様はあの日言っていた――「どうして海之進様がいないのか」と。また、「いじわるな兄様などきらいだ」と。それに口の堅い守ノ局様が、この後に及んで嘘をつくとも思えなかった。

 これは、姫様に直接話を聞く必要がありそうだ。

0コメント

  • 1000 / 1000