『笑わぬ姫君』(7)
三人で並んで城下を歩きながら、数分。私達はとある呉服屋の前へやってきました。
「いらっしゃい」
声とともにガラリと戸が開き、藍色の着物に身を包んだ美しい女性が姿を現す。
「こんにちは、お里(さと)ちゃん。今日は友人を連れてきたわ」
私はそう言って、脇の二人を彼女に紹介した。彼女はこの家の娘で、店の看板でもある私の友人だ。透き通るみたいに色白で、髪は艶やかな黒髪、紅を塗った小さな唇の上のほくろが特徴的な美人である。
「お里さん……って、まさか、町一番の美女と噂されているあのお里さんですか!?」
「ちょ、ちょっとお尚っ」
いきなり突拍子もないことを言い出したお尚に、私の声も上ずった。
でもお里はちっとも動じることなく、お尚に…私に…そして藤姫様に、とびきりの笑顔を向けて言う。
「そんなことないわ。でも嬉しい、ありがとう」
そうして店の奥に誘導され、私達はあとへと続く。
お里の呉服屋は、四人入るのもようやっとの広さではあるが、それでも品揃えだけは豊富で、すべて良質のものを取りそろえている業界屈指の店だ。きっと姫様のお眼鏡に適うものもあるだろう。
「わあ!素敵な反物がいっぱい!あっ……この布(きれ)いいな」
「ふふ。じっくり見て行ってね」
子供のようにはしゃぐお尚を前に、お里も嬉しそうで、自然と私の顔も綻ぶ。やっぱり連れてきてよかった。
姫様はというと、忙しなくきょろきょろと店内を見回しながら、はしゃぐお尚を冷ややかに見つめている。
「大丈夫です、彼女――お里ちゃんは私の友人ですから。怖がる必要はありませんわ」
「……別に怖がっているわけじゃないわ」
おそらく滅多に来ないであろう城下の様子に、少し戸惑っていたのかもしれません。けれどそんな彼女も、お里ちゃん達の愛情に触れていくうちに、徐々に打ち解けたようでありました。もちろん、お尚のようにあからさまに喜ぶといった表情は見せないけれど……。
「どう?どれもいい生地でしょ」
「そうね…」
私の問いにも、姫様はやはりそっけない。けど目線はずっとある生地に釘づけになっていた。彼女の名前と同じ――“藤”の花が描かれた、深緑色の落ち着いた布だ。
「その生地、気に入ってくださいました?よかったら少し合わせてみます?」
お里がやってくると、とっさに姫様は視線をそらす。
「結構よ。今日は私、あなたの友達に付き添ってきただけだから」
あなたの友達…とはいわゆる私、お清のことだ。
「そうですか…。もし、気に入ったら、いつでもおっしゃってくださいね」
お里は店の奥へ戻っていき、姫様は先程の生地を一瞥してから、戸口の方へ向かって行った。私もお尚も、あわてて彼女のあとを追う。
「え?もうお帰りになるんですか?」
お尚が言うと、姫様は片手で戸を開けながらぴしゃりと言い放った。
「そうよ。ま、あなたたちは、居たいなら居ればいいけど」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし…」
姫様に続いてお尚が店を出た。私はちょっと立ち止まり、店の奥のお里を呼ぶ。
「お里ちゃん……ちょっと頼みがあるんだけど…」
「あら、なあに?」
「さっきの生地、着物に仕立てて、西ノ森城まで送ってくれないかしら?」
姫様が見ていた、あの生地だ。結局彼女は買わなかったけれど、あの目はきっと欲しかったに違いない。だから内緒で私から贈られてきたと知ったら、姫様驚きになるかもしれないわね……そんなことを考えながら、私は次の作戦を練っていた。
「もちろん!代金は、お清ちゃん宛でいい?」
満面の笑みで、お里は答える。
「ええ……でも、驚かないの?」
「驚くって、何が?」
お里は、なおも平然と答える。
「ほら、送り先……西ノ森城なのに…」
「あら。奥方様はうちのお得意さんなのよ。それに…彼女は隠したがってたようだけど、あの子、藤姫様でしょう?」
「えっ!」
「大丈夫。私が口が堅い事、お清ちゃんだってよく知ってるじゃない。このことは誰にも言いふらしたりしないわ」
「それは、そうだけど…」
「それじゃあ、お着物、送っておくわね」
これは一本とられたわ。お里ちゃんは何でもお見通しね。ふふっとほくそ笑んで、私もようやく店をあとにした。
「また来てね!私、いつでもお待ちしてますから!」
お里の明るい声を聞きながら、私達は帰路につき、城を目指す。明日こそは姫様を笑わせてみせると胸に刻んで。
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