『笑わぬ姫君』(4)

 翌日、私とお尚は早速姫様の元へ向かった。

 広間の一段上がったところに、退屈そうに頬杖をついている姫様に、早速お尚が声をかける。

「ねぇ、姫様。隣の塀に、塀ができたらしくってよ。へぇ~」

「え…。ダジャレ…?」

 思わず、拍子抜けしてしまった……にも関わらずお尚は、腹を抱えて笑っている。当の姫様は、まったくと言っていいほど笑っていないが……。

 そんなことなどお構いなく、お尚は次々とダジャレ攻撃を浴びせる。

「お清とお尚…。『清』も『尚』も『ショウ』と読むから、『オショウ』が二人でオショウ・ガ・ツー(お正月)!なんちゃって!」

 姫様は、やはり笑わない。それどころか、余計笑わなくなった気もする。

 けどお尚は、未だに自分がスベっていることに気づいていないのか、この上ないほどの笑顔だ。そんなお尚が、なんだか不憫で、とたんに見ていられなくなった。

「お尚さん…」

 着物の裾をつかみ、小声でささやいてみたが、彼女は気づく気配を見せない。

「ふとんがふっとんだ!屋根まで飛んじゃって、や~ね~!」

 相変わらず、姫様がまったく笑っていないことにも気付かず、一人大笑いしているお尚。

「お尚さん…」

 やはり、気付かない…。私は思わず、ここから逃げてしまいたくなる衝動に駆られた。

 けど、それでは私の目的が果たされない。昨夜寝ずに考えた、あの作戦を実行しなければ。そのためには、一人笑い転げているお尚を黙らせ、姫様の関心を私に向けるしかない。

「お尚…。ちょっと…静かにしてくれない?」

「へ?」

 思わず、首をかしげるお尚。狙い通り、姫様の視線も今は私にある。今こそ、作戦を実行すべきだわ。

 私はめいっぱい取り繕った笑顔を姫様に向け、さわやかに告げた。

「そうですわ、姫様。私達と城下に行ってみません?もちろん、奥方様やお節様には内緒で」

 けれど、私の作戦も虚しく、姫様は無表情のまま首を真横に振られた。

「…いやよ。めんどくさいもの。それに、後からお節にあれこれ言われるのも嫌だわ」

「でも、城下は楽しいものたくさんありますよ。姫様だって、きっと気に入るわ!」

「……それがどうしたっていうの?そんなの私、全然興味ないわ。あなたが何を言おうと、絶対行かないから」

 頑なに拒み続ける姫様。私はもう、何と言ってよいか分かりませんでした。

 そんな私とお尚を無視して、彼女はすたすたと去っていく。けれど、私もここであきらめるほど “ばか” じゃないつもりです。

 私とお尚は、明日も明後日も懲りずに姫様のもとへ行きました。もう何としてでも姫様に笑っていただこうと。

 ただ、当の彼女はまったく笑う気配すら見せませんでしたが…。


 そんなある日のこと、私はとんでもない話を耳にしたのです。

 その日、私はたまたま大部屋(他の女中たちが寝泊まりする共同部屋)の近くまで来ていました。

「ねえ、聞いた?お清さんとお尚さんてさ…」


――え?


 思わず、私は襖に耳を近づけた。私とお尚のこと…?いったい、何の話をする気なのだろうと。

「かたや村娘、かたや町娘のくせして…ずうずうしいと思わない?庶民はひっこんでなさい、と言いたいわ!」

 胸の奥がズキンとした。

 確かに私は庄屋の孫娘だ。庄屋のおじいさまは、百姓の中では位の高いところにいるけれど、それでも村人であることに変わりない。

 けど私は決して裕福というわけじゃなくても、美しいあの村が大好きだった。助け合い、慈しみ合う、村の人たちが大好きだった。

 彼女たちは、私と違ってすごい上流家庭の出なのかもしれない。けど、そんな風に言うだなんて…。

「え~?言いすぎじゃない?ていうか、本人聞いてたらどうするの?」

「大丈夫よ。あいつら、庶民だけど、奥方様には優遇されてんの。きっと今頃、普段のかったるい雑用は 免除されて、奥方様のところにでも遊びに行ってるんじゃない?」

「ウソ?それってすっごい楽じゃない!いいな、代わってもらいた~い!」

「えー。やめときなよ~」

「あっはは!コレ、絶対爆笑モンよね!」

 女中たちの、嘲笑うかのような声。部屋の外で、私は両の拳を震わせていた。それはもう、関節が白くなるほど握りしめて。

 悔しかった。あんな風に言われるつもりで引き受けたんじゃない。

 確かに、最初は何故私が選ばれたのかさえ分からなかった。けど今は……姫様に笑っていただきたくて…笑顔の彼女が見たかったから…。

 そのとき、そこにひとつの声が響いた。

「いい加減にしてください!」

 か細い、震えた声。他のたくさんの仲間たちが囃(はや)す中、精一杯の勇気を振り絞って出したのだということが、襖越しでも分かる。それは…あの日――私とお尚がこの城に初めて来た日、私達を部屋に案内してくれた、お紀の声に違いありませんでした。

 声を震わせながら、それでも力強い声で、お紀は言います。

「お二人は生まれはどうであれ、奥方様に選ばれた優秀な方です。それに、何か異論があるなら直接言ったらいいんじゃありません?それを陰でこそこそ言うだなんて…人間として恥ずかしいと思わないんですか!?」

 お紀に言われ、彼女たちは急に黙り込んだかのようにしんと静まり返りました。そして襖が開いたかと思うと、お紀は私を見下ろして、そしてこう告げたのです。

「あなた方なら、姫様を笑わせられると…私はそう感じています。私、応援してますから!あなたのこと!」

 お紀の優しい気持ちに、私は胸を打たれました。

 そして私は彼女に向けて一つ頷くと、姫様を笑わせようという気持ちに一層張りが増したのでした。

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