番外 白鷺伝説(後編)

 お敬(けい)おばさまは、庭の鷺草畑を見るたび、慰めるようにその話をしてくれた。 

 「えー? またそのはなし? もうミミタコ(耳にタコができる)だっての!」 

  お姉様は、つまらなそうに口を尖らせる。けど私は、この話が大好きで、何十回と聞いても飽きなかった。 

 「いいじゃない、おねえさま。わたし、このおはなし大好きよ」

 「でもさ、おとのさまはサイテーだし、城のオンナたちもサイアクじゃないか。おひめさまは死んじまうし、サギだって手紙も届けらんないで死んじまうだろ。だれも幸せになれないおとぎ話なんて、聞いたことないよ!」

 「でもサギは、最期までおひめさまの想いを届けようとがんばっていたわ……」

  そう――愛され愛していたはずのお殿様には信じてもらえなかったお姫様だけど、あの鳥だけは違った。実家から連れてきて、最期まで一緒にいたあの鳥だけは、お姫様を信じてくれていた。だから鷹に襲われて命尽きるまで、彼女の遺志を伝えようとしていたのだ。

 「ねえ、おばさま。おひめさまは……いったい、だれに手紙を送ろうとしていたのかしら?」 

  そう尋ねると、おばさまは困ったように笑って言った。

 「さあ……誰に送るつもりだったんでしょうね。お藤(ふじ)ちゃん(陽姫の幼名)は、誰だと思う?」

 「うーん。だれだろう、わからないわ。でも、自分が死んでしまっても、どうしても伝えたい人――とっても大切な人だったっていうのは分かる気がする」

 「そうね……」

  教師が生徒の意見を聞くときのように、おばさまはうんうんと頷いてみせる。

 「きっと、おひめさまはその鳥のことをとってもシンライ(信頼)していたのね。結局届けることはできなかったけれど、この鳥なら必ず届けてくれるって信じていたんだわ。そうじゃなかったら、飛ばしたりはしないもの」

 「うん」

 「わたしも……そんな風に、心からシンライできる人に出会えるかしら」

  あのおひめさまのように。 

 「大丈夫、きっと出会えるわ。お藤ちゃんは心の優しい人ですもの」

 「……だといいな」 

  何だか急に照れくさくなって、私はポッと顔を赤らめた。

  そんな私が、お話の中のサギのような、心から信頼し合える人に出会うのは、まだまだ先のお話――。

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